文人たちが通い、
思索した天空のリゾート。

六甲山は明治時代、居留外国人によってリクリエーションの場として開発されました。瀬戸内海国立公園に指定されている「六甲山」には、四季折々の樹々や野生の花、鳥や動物たちが生息する表情豊かな自然が広がっています。
阪神間の町並みや瀬戸内海を見渡す標高931mの山は、最上の眺望で知られ、海と山の食材に恵まれた美味の宝庫です。
人生を楽しみたい者は皆、六甲山へ登ってきます。
六甲の自然は、一度知ったら逃れられない魔力を秘めています。

1929年に開業した旧六甲山ホテルは、2007年に近代化産業遺産の指定を受けました。ホテルのゲストブックには、多くの文化人や著名人が名を連ねています。

HISTORY

時代を超えて愛される
六甲の伝統と歴史

六甲山麓は古くは大阪城を始めとして多くの城の石材を切り出した場として知られています。積出し港の地名がついた御影石は花崗岩の中でも特に固く、その美しさから最高級の希少な石として世界中から求められています。明治時代、六甲山は居留外国人たちによってリクリエーションの場として開発され、山荘が建ち、日本で最初のゴルフクラブ「神戸ゴルフ倶楽部」も誕生しました。昭和に入り、1934年六甲山は瀬戸内海国立公園として、雲仙、霧島とともに日本初の国立公園に指定されました。
この地に1929年宝塚ホテルの分館として六甲山ホテルが誕生し、2007年には国の近代化産業遺産に認定されました。
2019年7月、この歴史を引き継ぎ、「六甲山サイレンスリゾート」として生まれ変わりました。

ARCHITECTURE

建築界の巨匠ミケーレ・デ・ルッキ

旧六甲山ホテルは建築界の巨匠ミケーレ・デ・ルッキの手によって、約2年間をかけた修復工事の終了を迎え「六甲山サイレンスリゾート」として開業当時の美しさを蘇らせました。

この「修復」は、イタリアの知恵と修復技術が日本独自の工芸技術と融合し、今後の世代へ文化遺産を継承するための大切な、しかし複雑で大がかりな事業です。

ミケーレ・デ・ルッキが自ら設計しディレクションする「六甲山サイレンスリゾート」は、六甲を初めとして日本企業のオピニオン・リーダーとなるべく、環境と自然への敬意と配慮に真摯に取り組んでまいります。